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【パトリック・バーン回顧録】第4章・ドナルド・J・トランプはどのようにしてホワイトハウスを賭けた戦いに負けたのか:命を狙われたトランプ大統領

【パトリック・バーン回顧録】第4章・ドナルド・J・トランプはどのようにしてホワイトハウスを賭けた戦いに負けたのか:命を狙われたトランプ大統領

2021年1月6日の大規模集会でスピーチをするトランプ大統領(Photo via Flickr)

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Eコマース大手Overstock.comの創業者パトリック・バーン氏は、2月4日、自身の回顧録『ドナルド・J・トランプはどのようにしてホワイトハウスを賭けた戦いに負けたのか』の第4章を発表した。(第1章〜第3章を見逃した方はここをクリック。)

 

▶︎第4章 ドナルド・J・トランプはどのようにしてホワイトハウスを賭けた戦いに負けたのか:クリスマスの憂鬱(12月23日〜1月6日)

 

第4章の冒頭では、マイケル・フリン退役中将について、これまで知らなかった彼の生い立ちや経歴が詳しく記されている。次に、クリスマス当日、バーン氏は1人でワシントンDCでの滞在を続けていたところ、トランプ大統領の関係者からフロリダ州のマー・ア・ラゴに来るよう電話を受けた。そしてマー・ア・ラーゴを実際に訪問した時の体験が詳細に紹介されている。

 

さらに12月30日、バーン氏は問題となっていた州の一つ、ジョージア州での不正投票の証拠を収集するために現地を訪問していた。この日、証拠集めを行なっている協力者から電話を受けた。ANTIFAの女性に500ドルの報酬を渡し、アトランタがある同州フルトン郡で、大量に偽造投票用紙が保管されていた「イングリッシュ通りの倉庫」と呼ばれている場所に侵入してもらい、数々の証拠写真を撮影してもらった。その際、証拠として無記入の投票用紙を一部回収してもらった。バーン氏は、それら無記入の投票用紙を2人の連邦政府公認の法定文書鑑定専門家たちに鑑定してもらうために手配した。(この時のことについて、パトリック・バーン氏は1月4日にツイッターに投稿しており、ここでも紹介した。)

 

翌12月31日、その偽造投票用紙が保管されていた倉庫に、国土安全保障省の捜査官が到着し現場を押さえた。この時点を「T = 0」(ゼロ起点)とし、時系列で次のようなことが起きたと記している:

・T + 6時間:ルディ・ジュリアーニ弁護士に何が起きているかを連絡

 

・T + 9時間:マーク・メドウズに何が起きているかを連絡

 

・T + 18時間:FBIが到着し現場を占領。国土安全保障省はそれに抵抗。

 

・T + 24時間:現場にいた国土安全保障省の捜査官は、彼が受け取った政治的圧力にかなり居心地の悪さを感じていたというメッセージを私は受け取った。もし私の理解が正しいならば、マーク・メドウズ(大統領主席補佐官)自らがこの国土安全保障省の捜査官に捜査を中止するよう電話をしてきたと彼は語っていた。私はこのメッセージを傍観者として受け取ったのか、それともこの国土安全保障省の捜査官が、私がそれについて何らかのアクションを行うかもしれないとの間違った期待(例えばこのことを大統領に伝える)をして、意図的に私にそのメッセージが伝わるように仕掛けたのかについては、私には分からなかった。

 

・T + 36時間:FBIが(現場押収の)オペレーションを掌握した。彼らは、シュレッダー企業に後で戻ってくるよう指示を出し、そして1万ポンド分(約4.5トン)の資料を搬送し、シュレッダーにかけ、それから通常やっている手順に従うよう指示を出した。つまり、シュレッダーにかけられた文書は、水と酸が加えられて溶解され、リサイクル用紙として再生されることを意味した。

 

私が上記で語ったことの様々な場面は、写真と動画で記録が残されている。

 

年が明け、バーン氏はジョージア州から再びワシントンDCに戻り、トランプ大統領と10分、話す時間を確保しようとした。ここで、バーン氏は、重大な「伏線」に言及している:

この時点で私は1つの重要な伏線を挿入しておく。当時、大統領と様々な距離にある人たちと奔走していた私は、トランプ氏に非常に近い側近の人物から、あることを聞かさた。私が言われたのはこのようなことだった——メラニア夫人は、もしトランプ氏がもう一期務めれば、JFKのようになると政府高官から警告されていた。シークレットサービスの誰かが、「我々は彼を守れなくなる」という主旨で警告したのかもしれなかった。脅迫の中には、もう一人の家族も含まれていたそうだ。シークレットサービスの誰かがそのようなことを言うとは信じがたいが、私の情報源の人物は、それ以外の点では評判に全く傷のあるような人ではない。いずれにしても、この人物が語ったのは、誰であれ(シークレットサービスかもしれないし、他の誰かかもしれない)が、メラニア夫人にこのようなことを言ったということだった。そして、そのような発言が真剣なものとして受け止められるような人物から言われたということであった。メラニア夫人は、ドナルドに戦わないでと懇願していた。そして単純に敗北を認め、家族と一緒にワシントンから出て行くことを懇願していた。

 

こうした伏線があり、議事堂襲撃が起きた1月6日の大規模集会がやってくる。

 

フリン退役中将とバーン氏、そして彼に協力していたホワイト・ハッカーや科学者たちは、1月6日にワシントンDCで開かれた大規模集会のステージでスピーチをする予定だった。そして不正選挙が行われた証拠を、集まった国民たちに説明する予定だった。彼らは用意周到にその準備をしていた。

1月6日の朝、フリンと私、そして他の12人ほどは、ホワイトハウスの南側に向けて歩いて行った。 私たちのために特別な手配がされていなかったことに驚いた。私たちは自分たちで人混みをかき分けて進まなければいけなかった。私たちは二人ともスピーカー・バッジを渡され、前方の特別席に着席した・・・そして私たちの登壇枠がキャンセルされたことを知った。私たちは控えめに言って、当惑した。この状況を説明してくれる人が誰かいるのではないかと思っていた。そして私たちがスピーチをできるよう手配してくれる誰かが・・・

 

ショーは始まった。そしてすぐに、フリンと私は絶望のあまり自分たちの座席に沈んでいった。

 

・・・(中略)・・・

 

私とフリン、そして私と一緒にいた人たちは全員、ステージ上の前列から離れることができた瞬間、ダッシュで出口へと向かった——全世界に状況を説明する最後のチャンスだったにもかかわらず、トランプ大統領はこれをいつも通りの「激励会」に使ってしまった。私たちは嵐のように群衆の中を駆け抜けてホテルに戻りながら、「彼はこのことを理解していないだけだ」とお互いに繰り返した。「彼は、これが彼の問題ではないということを理解していない。彼はクソみたいな激励会にした。彼はこれが自分のことではないことを分かっていない」と、私たちは怒りと絶望の中で何度も何度も繰り返した。15分後、私たちはホテルに戻り、フリンと私は二人とも荷物をまとめ始めた。二人とも胃がムカついていた。そして私たちは議事堂に向かって移動する群衆には合流しなかった。

 

(第4章・終わり)

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